2008年2月12日火曜日

やはりイタリア系だったか。 by TFK

書くと年がバレてしまうんですが、別に構わないので書きますが(ん?どこかで聞いた様な・・・・)、50~60年代の米国モノ(R&B、R&R、ポップス調やカントリー風味のいわゆるオールディーズモノ、DooWopなど)は、音楽の嗜好の上で大好きな一分野なんです。
その中でも和文表記で「ディオンとベルモンツ」になっているヴォーカルグループの曲は、特別大々々々好きでした。んで、一昨年より広がり散らかしているYouTubeにあったんですよ。えぇフルコーラスで、当時の映像、懐メロ番組っぽいところでの再結成時の映像、等々。確認しましたとも、同時代他ミュージシャン含めて。寝不足になりながら(ん?どこかで聞いた様な・・・・)。

そこでやっと本題。好きになったのは6年生くらいだったんですが、その時点で既に「後追いファン」でした。それから、新聞広告に載る「懐かしのアメリカンポップスCD8枚組」とかで、文字(しかもカタカナ)でしか見なかった「ディオンとベルモンツ」のメインヴォーカル「ディオン」が、YouTube上で「Dion Dimucci」さんらしい事が判明。別途調べるとコーラスメンバーもイタリア風の名前ぢゃあないですか。

ここで本当の本題。かねがね「外人顔(地域は南米・中東・イタリア南部含む地中海が多し)」と評される事の多かったTFKですが、勿論、当時からつい最近まで、「ディオンとベルモンツ」の外見が100%「メリカン」なロックグループであると勝手に想定していたんです。だってその当時インターネットとか無かったし。しかし、フタを開けて見ればイタリアもん。

小さい頃から外見であまり得をしなかったTFKとしては、「やっぱり」半分「がっくり」半分って感じです。年齢がオッサンになった事もあって、まぁ最近はフッ切れてきましたね。血は争えんと。一応言っときます。日本人なんですよ。純な。

2008年2月4日月曜日

名前って大事 by TFK

現在、ウルトラマンタロウに夢中の息子が、自分の名前を変えたいと言い出しました。今のはカッコ悪いので、別のが良いんだそうで。
希望を聞いてみると、タロウに変身する、(篠田三郎さん扮する)ZAT隊員「東晃太郎」から取って、「北東晃太郎」との事。「北」はやはりお気に入りのウルトラマンエースに変身する「北斗星児」から一字もらった模様。苗字まで変えるか。それにしても「きたひがしこうたろう」はいかがなものかとパパは思うよ。

この話をしていて思い出したのが以下のお話です。
チャゲ&飛鳥の「飛鳥涼」さんは本名ではないらしいんですが、どうしてそうなったか、と言うお話をTVでチャゲさんがしていた時の事。
飛鳥さんは本当は「宮崎」さんと言う名前で、元々「カッコ良くない」と言う理由で嫌いだったんだそうです。そんなある時、好きになった女の子に告白したら、「俺ぁお前の事がもの凄くぅ好いとう(博多弁ですね)」「あたしゃじぇんじぇん(全然)好かん」ってなやり取りの挙句に、それはそれはこっぴどくフラれてしまったんだそうです。そして「フラれたのは何故か」と質したところ、他に好きな人が既に居て、その人が「飛鳥君」だったんだそうです。

そこで飛鳥さんは、「良ぅし、俺がその『飛鳥』よりももっと有名な『飛鳥』になって見返してやる!」と思って(その彼女に言ったんだったかな?)、「飛鳥涼」が誕生したんだそうです。その直ぐ後にチャゲさんが言っていました。「その失恋の前まで考えていたのは『南郷隼人』だったらしいですよ。」

2007年12月10日月曜日

かくも長き不在の後の下らない話 by TFK

前回記事から時間が空いてしまいましたが、チョト疑問に思う事がありましたので。

書いてしまうと年がバレてしまうんですが、別に構わないので書きますが、キャンディーズの大ファンだったんですよ。そう。ピンクレディーよりも。

今年も終わりに近づいて来ましたが、丁度1年前位から、昨今大手に成り上がったYouTubeで、下らない動画(Coke&Mentosみたいなの)を探しては紹介する合戦を職場の方とやり始めたんです。下らなくて2列向うの席で吹いているのが判るとニターリって感じ。

それ以来1年位、そんなの+エロ動画くらいしか載っていないとばっかり思っていたら(自分がそんなのしか探してなかっただけなんですが)、何かの拍子に「クールス」を発見!、若き日の横山剣さんの歌声を聞いてジーンと来たのでした。

それをキッカケに「懐かし物」を探したら、出るわ出るわ、ネットなんだからそちらの方向も含めて広がり散らかしている事なぞ想像出来ても良い筈なんですが、何しろ「エロ」に目を奪われていて・・・。

ここで、やっと本題。キャンディーズあったんですよ。沢山。あぁ歌詞/振付ともに確認しましたとも。寝不足になりながら。その状態で、この間ちと早い忘年会に行った時の事。3次会のカラオケで、その曲出た時お前、1歳とかだろ!っていう後輩が、見事にオタオヤヂ乗りのキャンディーズについて来ていたのにはビックリしました。

後追いFanってそんなもん?20年くらいのギャップってそんなに簡単に越えられるもん?どなたか、教えて下さい。

2007年11月6日火曜日

2007年8月24日金曜日

地上アナログ放送終了まで、あと丁度・・・ by 日向

地上アナログ放送終了まであと丁度3年と11ヶ月です。
『地上デジタル放送が始まります!』と1、2年前から宣伝してましたが、最近は、『♪もっと知って地デジ!』などとリズム良くCMしてますよね。
でも実際“地デジ”の利点て、あんまり無いようです。
もちろん、CMで言っているように障害を持った方には便利なのでしょうが、アナログにはアナログの便利なところがありまして。
 例えば、アナログチューナー付きパソコンで、テレビ番組を録画したのですが、最近その動画編集をよくやっているのですが、編集ソフトで編集しようとしたとき、うまいこと番組とCMが分かれて編集できる状態になっていまして、これは、番組とCMで二ヶ国語だったり、ステレオだったり、受信する信号の変化を認識して区切られているようでして。
 っで、編集ソフトの使い方を聞くためにサポートセンターに電話した時に、ついでに聞いたのですが、現時点では、デジタル放送では、そんな風に分割されなくなるらしく、動画編集ソフトを使ってCM部分だけ削除するには、再生して自分でCM部分を見つけなければならないようです。
 要するに地デジは、You Tubeに載せるためなどのように簡単に編集やコピーができないように、著作権を守るためという目的が一番のように思います。
つまり、地デジの利点は著作権を持っている人向けなのです。
『♪かなり知ったでしょ!?地デジ』

2007年8月14日火曜日

全然良いです。by TFK

最初に「全然」が来たら、文末は「~ない」の否定形、というのは文法としての決まりですから、小さな子供を前に、「本当はこうなんだよ(菩薩の目)」というのであればOKでしょう。

しかあぁしっ!!!

言語というものは刻々と変化しており、従って、「文法」とは、ある時点で大体の人が判る使用上のルール、程度のモンなのではないでしょうか?

言語学者の先生が書いた記事で、「学生(=今時の若者)は日本語の乱れが著しくて・・・」と非難めいた発言をする人がいるが、若者は非常に優れた造語をする事も多く、全部まとめてダメ扱いするのはいかがなものか、というのがありました。その教授は例として「爆睡」を挙げておられました。大変的確に意味が伝わると。

また、文学の世界では当然の様に使用されているケースもありますよね。TFKの記憶にある中で印象深いのは、夏目漱石作「坊っちゃん」の主人公が言う台詞です。「全体、生徒が全然悪いです。」
これは教養の無い人の役で従って文法的に間違っている、という場面ではなく、教師の立場の人が同僚の教師に話しているシチュエーションです。漱石の才能を以って、読者を納得させる様な書き方をするとそうなった、という事でしょう。要するに、明治の頃から(もしかしたら既に「文法的にオカシイ」と言われていたのかも知れませんが)、自然に使われていらという事ぢゃあないでしょうか?

金之助、グッジョブ!

2007年8月10日金曜日

それにつけても暑いですなぁ…。

本来は“それにしても…”と書くのでしょうが、お菓子のカ~ルのCM♪それにつけてもおやつはカ~ル♪的に、『それにつけても暑いですなぁ』と書いてみました。
“それにつけても”を辞書(goo辞書)で調べると“それ”でヒットしました。
―にしても
 (1)そうであるとしても。「会合があると言っていたが、―帰りが遅い」
 (2)話題を転換するときに用いる語。「―寒いね」
―につけてもそのことに関連しても。
 「―大変お世話になりました」

 ということは、おいらの“それにつけても暑いですなぁ”は、前の記事と全く関係の無いところで、“暑いですなぁ”と言っているので、ある意味間違った使い方をしています。
ある意味…というのは、常に間違った使い方をおいらがしていて、おいらが言葉を発する時には、必ず間違った使い方をしていることが前提となったとき、本来それが間違った使い方であっても、“あ~、日向ならそれが当然”のようになれば、それはおいらの日常にとって間違っていないことになります。
 言葉というのは、要は日常か非日常か、常用か非常用である違いだと思うのです。
 “全然”という言葉があります。
最近では、“全然OK”などと、肯定的に使われることが多くなりましが、おいらが子供のころには、学校で、あるいは日常で、“全然”というのは否定的な場合に使うと習ったように思うし、生活の中でもそのように使っていました。
しかし、明治時代の頃の文芸を読むと、“全然”は肯定的に使われていたようです。

 かなり話がそれました、反町監督。
今回はそんな言葉の話ではなく、お菓子のカールでは、何につけているのか?という話です。
 歌を思い出すに、♪はぁ~おらがの(中略) いいもんだぁ~なぁ~ ふるさと~は~♪の後に♪それにつけても…♪と続くわけです。
つまり、ふるさとにはカ~ルだ!と言っているわけです。
なるほど、「そうだよなぁ、やっぱりふるさとにはカ~ルだよなぁ!」ってそんな風には思えませんが、これは一種[ふるさと=カ~ル]とした心理的な“すりこみ”なのでしょう!(CMとは本来そんなものですが…。)
 ということは、おいらの場合、“それにしても…”というべきところを、カ~ルのCMを思い出し“それにつけても”と言ってしまっています。
すなわち“ふるさと”に反応せず、[それにしても=それにつけても ⇒ カ~ル]
あ~!!余計なところでもすりこまれてる~~!!